梅雨の雨と鎮まった空気の熱田神宮は、参拝に来た人の傘の彩りが奥に進むにつれて深い森の静けさに取り込まれていきます。濡れた玉砂利の音さえ耳までしか届かず、自分が神宮と一体化していくような不思議な気分がします。
普段には、あまり雑誌とかでは見かけない風景に変わるので、いつもと違った熱田神宮のスナップが撮りたくなって、雨足がもう少し弱くなることを願って待ちました。日曜日ということで参拝者は強めの雨にもかかわらず少なくはありませんが、幸いにも参道と本宮前の広場の他にはあまり人は見当たりません。
熱田神宮はインバウンドが多かった頃には伊勢神宮や京都のお寺と同じような混雑ぶりでした。賑わいという適度に抑制された華やぎではなくて「イライラするような」といってもよいほどの混雑ぶりでしたが、現在ではそれが収まり以前の熱田神宮の静けさを取り戻しています。
あまり見かけない熱田神宮のスナップとは
あまり見かけない写真というと、よく見かける大きな樹や、覗き見して撮ったような写真ということにはなるのですが、雑誌や旅行の観光写真などにはないような写真を写すということになります。
それは、もう少し熱田神宮に深入りしてみて撮った写真ということになりますが、撮ってきた写真を改めて見てみると、多少とも企画倒れのところはあるにしても「わざと外した感」があまり写真に感じられないことは良かったと思います。
しかし、熱田神宮を説明するために使う写真としては非力すぎると考えていたので無駄なことをやっていそうな気もししながら撮ったのですが、写真を撮っても説明が多くならないように画作りするのには熱田神宮に対する理解が足りていません。
内心反省している点は、探しているものが見つけられなかったり、南門の方面には行けなかったのが心残りです。雨がスニーカーの中にまで入って、すっかりぬれてしまい不快なことと、休まないで撮っていたので脚力が不足してすぐに疲れてしまって、気持ちの方が先に折れてしまいました。
歩いた距離に比例して良い被写体に出会えるのでその脚力を付ける必要を感じます。
トレーニングして、もっと体力を付けなければいけません。