




インバウンドの外国人でごった返す土曜日の夜の道頓堀。
そして道頓堀に架かる戎橋(えびすばし)の様子がこれです。
飲食店の前には入店待ちの列に並ぶアジア系の外国人でいっぱいです。
歩きながら、あちらこちらから聞こえてくる会話が聞こえます。
それは英語ではなくアジアの国々の言葉です。
お店の方が話す日本語の会話が耳に届くと、ホッとします。
日本人が肩身の狭い思いをする街になっています。

千日前には私の知っているディープ感はすっかり払拭されています。
もうその時代の街の印象はほとんど残っていません。
大阪の友人は言います。
大切な想い出が街角にあったのにそれが失われてしまった。
よく遊んだ街なのにあまり行かなくなってしまった。
阪神タイガースが優勝した日はこの町は日本人が取り返します。



とはいうものの、阪神タイガースが優勝するとファンの人たちがここに集まります。
道頓堀に飛び込んで大喜びするスポットに変ります。
そのときは、ごった返す道頓堀と戎橋は日本人が取り戻します。
タイガースが優勝するのは1年のうち一度だけです。
それ以外の日の夜の道頓堀はアジアの若い人たちでいっぱいです。
ただ、若い人たちは、外国人が集まる街として、普通になっている気がします。
自分たちもアジア人として違和感なくきっとこの街を受入れているのです。

道頓堀の街の範囲は西の御堂筋から東の堺筋までだ
この街は西の御堂筋の道頓堀橋から、堺筋の日本橋(にっぽんばし)までが中心です。
昔から演芸場や有名な飲食店が軒並み並んでいた大阪を代表する繁華街です。
その賑わいは昔から変わりませんでした。



それが知らぬ間にアジアを代表する繁華街になってしまったようです。
大阪に住む人が、道頓堀辺りに少なからず疎外感を感じていると聞きます。
その反面、昔から伝統的にこの街は東南アジアチックなカオスな街です。
お客様の変化に対応してモデルチェンジしながら社会環境に適応しているとも言えます。
ビジネスの基本といわれる環境への適応(進化)が進んでいるわけです。
大阪は昔からその形を変えながら続いてきた日本を代表するビジネス都市です。
このくらいの変化に臆しているようでは大阪人の名折れでしょう。
井原西鶴に笑われます。
大阪市HP https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000010856.html