持統天皇のお手植えと伝わる奥山田のしだれ桜が放つオーラに負けそうです。
奥山田のしだれ桜は、豊田市と岡崎市の境近くにあるしだれ桜の名木です。
1300年前に持統天皇(645-703)が上皇となられ、村積山(むらづみやま)に行幸されたときにお手植えになったと伝わる美しいしだれ桜の巨木です。
西暦702年のことです。
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その村積山の頂きには村積神社があります。
物部真福(もののべのまさち)が聖徳太子に願いこの地に真福寺を建立(推古天皇2年(594年))するにあたって、寺の守護として勧進したと伝わる神社です。
奥山田のしだれ桜は、その村積神社への登り口の手前にあって、淡い桃色の花を咲かせています。
このしだれ桜が桃色に見えるのは、花托(花の根元)と花を支える萼(がく)の部分が赤いのでそう見えるのでしょうか。
写真を見ると花びらは白い色です。
雨雲が低く今にも雨が降りそうで撮影日和とはほど遠い光の量です。
根元から上を見上げると妖艶さを感じます。
ぞわぞわとして霊気を感じます。
ご神木です。
岡崎市指定文化財
天然記念物 奥山田のしだれ桜 1本
幹周り3.22メートル、根周り3.25メートル、樹高12.5メートル、
枝張りは東西20.5メートル、南北22.0メートルに及び樹形は
極めて優美である。(樹木計測日-平成23年1月13日)
エドヒガンの枝垂れ品で、3月下旬~四月上旬に葉がでる前に
淡紅白色の花を咲かせ、満開時には色が白くなる。
幹にはノキシノブなどが着生し、古木のおもむきがある。
1300年程前、持統天皇の村積山行幸の際のお手植えという伝承がある。
昭和38年5月8日指定
岡崎市教育委員会
なぜ持統天皇が三河のこんなところまで行幸されたのでしょうか。
そのことのが気になります。
夫の大海人皇子(おうあまのおうじ)(天武天皇)が大友皇子(おおとものおうじ)(弘文天皇)を破り皇位についたと伝わる壬申の乱のときに、味方してくれた美濃、尾張、三河の国の豪族へのお礼の行幸とも伝わります。
壬申の乱 奈良記紀・万葉 https://kikimanyo.info/jinshin/jinshin-interview1